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東京高等裁判所 昭和50年(う)2502号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

控訴の趣意は、弁護人飯田孝朗の控訴趣意書のとおりである。

(一)  理由不備の所論、すなわち、原判決には「罪となるべき事実」として被告人上村についてのものだけが摘示され、被告人近藤、同宮下については犯罪事実が示されていないから、刑訴法三三五条一項違反があつて、同法三七八条四号にあたる、また原判決には弁護人の弁論に対する判断がなんら示されていないから、同法三三五条二項違反があるという主張(控訴趣意の第一)について。

所論の前段については、原判決の事実の摘示としてはやや適切を欠く点がないわけではないが、その前書きおよび罪となるべき事実欄には上村ら三名が被告人として表示されていること、被告人らの各行為に対する証拠の挙示、法令の適用等に徴すれば、被告人近藤、同宮下(以下単に姓だけで呼ぶこともある)に関しても犯罪事実の示されていることが明らかである。また所論の後段は訴訟手続の法令違反をいうものと解されるが、原審弁護人の主張は結局単なる事実の否認と思われるうえ、原判示自体により排斥されたものと認められる。原判決に所論にいう誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

(二)  事実誤認の所論、すなわち、原判示第一のいわゆる猥せつ図画については、猥せつ性のある箇所の大部分が印刷消しされており、そのままの部分も、被告人上村において適宜マジツクインクで消して譲渡するつもりであつたから、同被告人に販売の意思があつたとしたのは誤りであるという主張(控訴趣意の第二の二)について。

記録および関係証拠によれば、原判示第一の猥せつ図画については、性器、陰部、性交場面などの猥せつ箇所の大部分が印刷の段階で黒色にぬりつぶされているのは事実である。しかし、この程度の修正では男女の姿態その他からみて猥せつ物と評価するに妨げないだけでなく、かりに販売のさい猥せつ箇所をマジツクインクでぬりつぶすとしても、ベンジン、灯油、マーガリンなどを用いて復元させることが可能であり(鑑定書等)、このことを被告人上村が知つていたとみられる(その検察官に対する昭和五〇年三月七日付供述調書)以上、同被告人に右の猥せつ図画について販売の意思がなかつたとはいえない。なお、税関で猥せつ箇所をマジツクインクでぬりつぶしただけで入関を認めたことがあつたとしても、この一事だけで右の意思の存在を否定することはできない。論旨は理由がない。

(三)  事実誤認の所論、すなわち、原判示第二の二の猥せつ図画の販売、同所持の外形的事実については被告人宮下も争わないが、同被告人はそれが猥せつ図画であることを認識していなかつた、たしかに捜査官に対しては、同被告人は上村から須佐に届けるよう頼まれたさいズバリ撮つた本物だといわれた旨、上村はそのさい宮下に同趣旨のことをいつた旨供述しているが、いずれも身柄の拘束が長びいたり、取調官からそのようにいわないと通らないと誘導されたりしたので、事実でないことを供述したにすぎない、またかりに被告人宮下がその図画の猥せつ性を知つていたとしても、同被告人は上司である上村の命により行動したにとどまるから、その行動は本来上村の犯行の幇助的なものである、したがつて原判決の認定には誤りがあるという主張(控訴趣意の第三)について。

原判決のかかげる関係証拠によれば、原判示第二の二の被告人宮下の上村との共謀による猥せつ図画販売、同所持の事実を十分認めることができ、所論にかんがみ記録を精査し、証拠物を検討しても、所論にいう誤りはない。若干付言する。まず、争いのない事実関係をみると、上村は外国ポルノ本類の輸入・販売を業とする株式会社JPCを設けて社長となり、その小売りのため大人のおもちゃ店「ラブブテイツク」を開き、被告人宮下は同店の責任者となつて、ポルノ本、雑誌等の取引に従事していたところ、上村と須佐との間で原判示猥せつ図画の売買の話しがされたうえ、原判示日時ころ上村が新宿総合印刷株式会社に印刷させた約一六〇冊を一梱包みにしたもの一三個くらいを右の店に持ち運び、宮下にうち四個を須佐に売却するのでこれを運搬するように、他のものを保管しておくように依頼し、宮下はそれに応じて、同店に居あわせた須佐を車に同乗させたのち原判示場所で右の四個を同人に渡して代金五一万二、〇〇〇円を受けとり、他のものを自宅へ運んで保管したというのである。ところで、検察官に対し、上村は「図画を宮下に渡すときプライベートの本物だといつたから、同人は外人男女の性交場面などをズバリ撮つた写真集であることはわかつたはずである」(昭和五〇年三月七日付供述調書)とか、「保管分については、宮下にまずい本だから、おれの承諾のないかぎり持ち出したり、売つたりしないように注意した」(同月一八日付供述調書)とか述べ、宮下は「図画を渡されるとき上村からプライベートの本物だといわれたから、それが外人の男女の性交場面などを撮つた本であることはわかつていた」とか、「保管分については、自宅に置いてはまずいからより安全な場所へというので弟のところへ運んだ」とか述べているが、両名ともポルノ本類の売買などを業としていたこと、同種の図画(たとえばプライベートジヤパンなど)を取り扱つた経験があること、上村がその図画の写真原版を昭和四八年に入手し、四九年二月ころ約二万部を印刷したことがあること等に徴すれば、両名が身柄拘束のためあるいは検察官の誘導により事実に反することを述べたものとは到底考えられない。宮下の犯意を否定する両名の原審での供述は信用できない。つぎに、被告人宮下は上村の従業員ではあつたが、ひとつの店の責任者として活動していたのであり、いわば上村と一身同体の関係にあつたのであるから、上村の犯行に共同して加担したものと認めるに十分である。原判決に所論にいう誤りはない。論旨は理由がない。

(四)  法令の解釈・適用の誤りの所論、すなわち、原判示第二の三の猥せつ図画の所持については、外形的事実に争いはないが、被告人上村、同近藤はともにそれをアメリカで販売するつもりであつたから、刑法上両名に販売の意思・目的があつたとはいえない(同法一条ないし四条参照)、また原判示写真原版は一組しかないが、販売とは不特定または多数のものに対する有償譲渡であるから、物がひとつで一人の相手方に譲渡するほかない場合には、不特定または多数のものに売却する余地はない(最判昭三四・三・五集一三・三・三七五もこの趣旨に解すべきである)、したがつて原判決が原判示第二の三につき同法一七五条後段を適用したのは誤りであるという主張(控訴趣意第二の一)について。

刑法一七五条は猥せつの図画等をいやしくも販売の目的で所持する以上これを処罰する趣旨の規定で、国内で販売する目的の場合にだけ適用があると解すべきものではないうえ、被告人上村、同近藤にとつては要するに高額の代金取得だけが目的であつたので、さしあたりアメリカでの販売を志向していたとはいえ、国内で販売する意図がまつたくなかつたとは断定しがたいから、両名に同条にいわゆる販売の意思・目的がなかつたとはいえない。また同条に販売というのは不特定または多数のものに対する有償譲渡を意味する(所論の判例参照)が、物が一個であろうと、複数であろうと、あらかじめ相手方が決まつていなければ不特定のものに対する販売というに妨げないうえ、本件写真原版はネガ三二枚の集合体であるから、それを分割して不特定または多数のものに販売することが可能であることはもちろんである。原判決には誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。

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